「メリーゴーランドなんか回してどうするってんだ」
男の前には少しくすんだメリーゴーランドが建っていた。花模様に彩られた円錐形の屋根から台座に向かって伸びる数十本の柱。外周のそれらには一本一本が屋根と同じくきらびやかな紋様が浮き彫りにされている。屋根には四角いひさしが連なって取り付けられており、円形の建物を正十八角形に整形している。
内周に立つ柱はつるりとした円筒型で、模様は何もなく鉛色一色に染め上げられて馬や馬車達を支える。現実の姿から少しかけ離れた馬達はほとんどが白馬で、皆色とりどりの鞍や手綱をつけている。馬車は滑らかな曲線を描く車輪でその身体を床にはり付けており、中に設置された椅子は絨毯のような温かみのある赤に塗られているが、触ってみると冷たく固い。
男が一際雄々しく前足を上げた馬に横座りになると、間もなくして物悲しげなメロディが鳴り出した。メリーゴーランドは時計回りにゆっくりと回転し、それと共に馬達は上へ下へと単調な運動を始める。男は手すり代わりの柱につかまって外の景色に目をやった。
周囲は見渡す限りの深い草原。時折風が吹くたび背の高い草達は諦めたようにゆらめく。隙間なくどこまでも密生したそれらは男に大地を見ることを許さない。所々にまとまって生えている木々はどれも節くれ立った細い幹に骨のような枯れ枝を残すのみで、葉を付けているものは一本としてない。
それらの彼方には黒々とした山脈が連なり四方を囲っている。地平線は見えない。山々は峻険ではないもののそれぞれが相当な高さを持っており、男が頂上を見ようとすれば自然と頭が上を向く。
そして、山の稜線とほとんど見分けがつかない空が暗く頭上を覆う。空なのか分厚い雲なのか、それとも空ですらないのか。男の目にはもはや区別をつけることができない。濃灰色の天井は動きの一つも見せず、ただ男とメリーゴーランドの上に横たわるのみである。
世界は、その光ない空と同じ濃灰色、言葉を変えれば色のない色に染まっている。風すらその色の一部を思わせる、無感覚な動作のようである。
メリーゴーランドだけがその中で色を放っている。くすんだ気配を漂わせながらもなお煌煌と輝く極彩色のランプと、その光を艶やかに反射する馬、馬車、中央の柱に取り付けられた鏡。彼らはまるで世界を拒むかのように迷いなく光を反復させる。
風の音が消え、世界を短調のワルツと柱の軋み、機械の立てる硬質な音が包んだ。男は三つの和音が絡んで奏でる意図のない楽曲に目をつぶって聴き入り、空いた手で腰に吊った諸刃の斧を撫でる。メリーゴーランドは男を乗せて回り続ける。草原はそよともなびくことなく、ただ回転する彼らを眺めるようにたたずんでいる。
音楽が速度を緩め、間もなくしてメリーゴーランドは停止した。同時にそれまで最後の抵抗力のように光っていたランプ達も一斉に消え、男の乗った白馬ともども濃灰色の世界に同化した。
男は急ぐわけでもなく馬を降りると軽くその背を撫でてやって、外周を一回りした。それから柵を飛び越えて草原に降り立つ。草達が踏みつけられこすり合わされる音で世界の不穏さが少し増す。
男は腰から諸刃の斧を取り上げ両手で掲げるように持つ。すると斧は先ほどメリーゴーランドがそうしたように極彩色の光を放ち、段々とその輪郭をおぼろげにし始める。男自身を二つに割ってしまえそうな力強い刃は細長く伸び、三日月をかたどった弧になった。男は片手をその中心に持ち替える。三日月の端から端へ光の糸が伸びて弦になり、柄であった部分は羽根のない矢へと姿を変えた。斧は男の手の中で弓矢に成長した。
深いため息を一つつくと、男は重々しい動作で弓を引き絞る。狙いは正面に見える最も高い山の頂上。どれだけ遠くにあるのかは分からないが、そんなことはさしたる問題ではない。男は十分に時間を使って弦を張り、そしてかすかに震える手で矢を放った。矢は数瞬にして空の色と同化し見えなくなった。
上手く行った。男は声に出さずつぶやき再び嘆息する。矢は思った通りの軌道を描いて飛んで行った。間もなくして山の頂上に到達するだろう。そして矢の先端がそこに着地した瞬間から世界は崩壊を始める。山は砂と化して地の底へと沈んで行く。草は風になり、その下に広がる大地も力を失うだろう。それでもやらなければならなかった。終わった世界は終わらせなければならないのだ。
男は弓を放り投げる。もう必要のないものだ。弓は草の隙間をぬって地面に落ちるがその音は風声にかき消されて聞えない。それから男はメリーゴーランドの操作盤に触れ、動作スイッチを押す。
メリーゴーランドに再び光が灯り、不穏な色で埋まった世界の一角に生気を与えた。
「世界は終わっちまうのにな」
男がつぶやくとワルツが流れ、メリーゴーランドは何事もなかったように回り出した。
後書き
World'send Girlfriendにやられっぱなしで何も出来なくなってしまったので、何とかできないもんかと思い、いっそこれを物語にするしかないという結論に達して作った話です。いわばリハビリの一環です。少しは効果があったような気がします。みんなも聴こう、World'send Girlfriend。
最後まで読んでくれてありがとう