長剣を鞘から抜き二度三度振って感触を確かめると、僕は歓声の方に向き直る。闘技場の入口から午後の日射しが飛び込んでくる。
「ねえ」長椅子からリリィが言う。「ときめくって言ったら何だと思う?」
僕は少し考えてから口を開く。
「恋愛とか」
「とか?」
「恋愛」
「ラルっぽい」リリィは唇を弓なりにしてふふ、と微笑む。
「そういうリリィは?」
「私?」待ってましたと言わんばかりにぱっと表情が華やぐ。
「私はこれ」
そう言って手中に収めたナイフを器用に回転させる。湾曲した刃が照明の光を受けて艶やかにきらめいた。
「リリィらしいけど、そういう事言ってると怖がられるよ」
「でもラルは怖がらない。でしょ」
「まあね」微笑みながら返す。
リリィは両手に持った二本のナイフをお手玉の要領で投げ上げて空中で交差させる。それを何度か繰り返してから、腰の鞘に手をやってもう一本ナイフを取り出しそれに加えてやる。僕に見せつけた湾曲ナイフに小さめのスローイングナイフ、三本目は幅広ナイフ。
形も重さも大きさも違う三つの得物を器用に放りながらリリィは僕の反応を窺い、驚きがないと見るや更にもう一本、幅広ナイフを腰から抜いて放物線に加える。さすがに僕も驚いて息を吐く。その反応に満足したのかリリィはジャグリングの速度を更に速め、時に片手で二本三本のナイフを手玉に取り、背中を通したり頭の上でわざとぶつけ合ったり、プロフェッショナルの手つきで僕を魅了する。
僕はいつの間にか手の内で長剣を回し始めている。柄を中心にして、バトンのように手元で回し、そのまま投げ上げて上手くつかみ取る。背中を通して肩から首を一回りさせて刃の先を床に滑らせ火花を散らせてリリィの手技を演出してやる。そうすると彼女の目は妖艶な光を帯び始めるので慌てて手を止め、拍手で場を締める。
闘技場からは歓声と剣戟の音が轟き続けている。出番が近い。
リリィは一寸残念そうにナイフを二本ずつ手に収めると、うち二本を鞘に戻す。残ったのは湾曲ナイフと幅広ナイフ。湾曲した方は波のような刃紋が浮いて、化粧をしたみたいに見える。
「ラル」とリリィ。
「うん?」
「緊張してきた?」
「僕が?」
リリィはクスクス笑って長椅子から立ち上がる。半身鎧に短いプリーツスカート、タイツと篭手と足首までの具足。不均等なその格好は彼女の細長い足を強調するためだけにあるようだ。
「ちょっと、やろっか」
答える代わり、僕は無言で長剣を胸元に構える。次の瞬間金属音が通廊にこだまする。
両手に構えられたナイフは優雅な弧を描いて長剣を打ち抜いて行く。先端から根元、ついでに柄頭。左右からランダムに繰り出される斬撃が心地良い震動を手元にもたらす。僕は少しずつ刀身を動かし、彼女のメッセージを受け止める。
ナイフを持たせたリリィは踊り子みたいに全身をくねらせて斬撃を放ってくる。右から左、上から下へ、背中から胸へ。逆手に構えて前屈みになったかと思うと同時に切り上げて水平構えの刃を弾く。そこから再び左右のコンビネーションを経て強めの横薙ぎ。身体が艶かしい螺旋を描く。
無言のやり取りは段々とリズムを整えてワルツのように滑らかさを増して行く。一、二、三。上、下、上。僕達は手も握らず肩も寄せ合わずにワルツを踊っている。リリィの額にうっすらと浮かんだ汗が思い切りの良い一撃と共に跳ねて刃にぶつかって光の粒子になって僕の目の中で弾ける。双眸は妖艶とも言える輝きをたたえて僕に向けられる。唇はグロスを塗ったように潤んで、吐き出される白い息が冬の空気に浮かんでは消える。胸が高鳴って収まりがつかなくなる。
視線が合った。
リリィが僕の長剣を思い切り脇に弾き飛ばしてナイフを鞘に収めて僕の首に抱きついて唇を重ねて僕は柄から手を離して彼女の背中を抱きしめる。床と柄が打ち合わされ、鎧同士がぶつかって盛大な鐘が鳴る。二枚の鋼板に隔てられた僕とリリィの心臓が唇を通じて鼓動を合わせて踊り出す。僕、リリィ、僕。リリィ、僕、リリィ。二人で刻むワルツのリズム。
彼女の唇は少し厚くてとても柔らかく思ったより冷たい。唇で唇を噛むと体温が伝わって、僕達は息を荒げながらそれを繰り返す。
やがてリリィは唇を離し、腕だけ僕の首に繋いだまま潤んだ瞳を向けてくる。
「ラル、あんたがデビュー戦みたいな顔してるよ」
「リリィだって」
「私はいつもと同じ」そう言って小鳥みたいなキス。
試合終了の銅鑼が鳴って、僕達は身体を離す。取り落とした長剣を拾って鞘へ。リリィは四本のナイフ、それぞれの柄を確認して楽しげに笑った。その笑顔がやけに初々しくて、僕はまた彼女を抱きしめる。
「頑張って」
「お任せあれ」
背中をポンポンと叩く。
「それじゃ、お留守ばんお願いね」
僕が返事をする間もなくリリィは振り返り、一度だけ手を上げると闘技場へ駆け出して行く。
後書き
『電撃掌編王』というショートショートの賞に応募した作品。テーマは『ときめき』、キーワードは『お留守ばん』『デビュー』。さっと抜いて行く感じにしようとしたら抜き過ぎてときめきが薄くなった。リリィのデビュー戦だっつう辺りが読者に伝わるのだろうか。そもそも掌編で抜いて行く感じにすること自体間違っているのかもしれない。読点を意識して少なくしたらリズムの強弱が悪くなってしまった。反省点が多いのです。
耐えきれず手直し。三月一日二十三時。
最後まで読んでくれてありがとう