衝角

 市はなだらかな丘陵地帯の真ん中に有り、大陸南部へ抜ける街道の重要な通過点であった。常緑樹の茂る丘に囲まれているため一年を通じて周囲には緑が絶えることがない。風光明美と評判の町である。都市としての規模は大きく近代化もされているが人口密度は高くない。貿易の要所である上に観光名所としても名高いために仕事を持つことがたやすく、少数の構造的貧民を除けば生活苦というものがほとんど存在しない。訪れる人々は落ち着きのある景観に心を和ませ、あるいは穏やかな気持ちで商売に精を出す。安定感につきものの退屈さを無視できるならば住民にしてみても居心地の良い町だと言えた。
 その中心には火薬塔が建っていた。高さ50メートルはあるかという赤レンガ造りの先細り建造物。これは市のシンボルでもあり、不死身の人間が毎日飛び下りるだとか色々と観光客に評判が良いものだった。火薬塔広場には塔をかたどった置物やらお菓子を売る露店が軒を連ね、休日ともなれば行列ができる程の盛況ぶりを見せた。
 しかし、火薬等はふとした拍子に爆発消滅してしまった。瓦礫になった経緯については市当局も調査を続けているが、塔で働いていた肥満中年のミスだということでどうやら片がつきそうである。火薬塔が粉微塵になったことは市民にとって、特に土産物を売って生活していた人々にとって大きな衝撃だった。何せ彼らの生活基盤だった火薬等グッズを売りさばく目処が立たなくなるわけであるから。さすがに瓦礫の置き物などを買う人間はいないと思われるので、新たな観光客対策を考えなければならない。
 一方で市当局はチャンスと考えていた。火薬塔がなくなれば市庁舎と市庁舎広場を観光名所に持ち上げることができる。何しろこれらは火薬塔以上の歴史を持っているのだし、見た目の華やかさも遥かに上を行くのだ。少なくとも観光局やらの役人が見た限りでは。そんなわけで臨時市議会は観光資源の方向転換を掲げ、火薬塔崩壊の調査もそこそこに新たな計画を商工業者に触れ回った。
 歴史ある市庁舎を観光の表舞台へ!商売人達も一様に将来への不安を抱えていたため、この案は大多数に受け入れられた。消去法的選択で。やがて手工業者は市庁舎の時計台をかたどった置き物を製作し、製菓業者は市の紋章をあしらった焼き菓子などに力を入れ始めた。
 それから数週間もしない内に変化が起こった。市庁舎の目印とも言える大時計台から角が生えてきたのである。
 ここで角と呼んでいるのはあくまで便宜的な分類であって、実際には鈍く金色に光る船の衝角、もしくは馬上で用いられる槍の先端といったものだった。ともかくそれらは文字盤の3時辺りから生えてきてあっという間に2メートル程の長さまで伸長した。当然の事ながら、角に遮られた時計の針は動きを止めた。市当局としては自慢の大時計が忌々しい突起物をへし折ってくれるよう祈ったのだが、折れそうなのは針の方だったため間もなく歯車の方を停止する決断を行った。逆に市民は新たな名物が出来たと喜んだ。先端を切れば火薬塔を連想することができなくもないからあれは火薬塔の化身だと主張した市民もいて、再度観光計画の修正を呼びかける運動が起きた。行政は彼らに圧力をかけようと試み、市の雰囲気は険悪さを帯びた。
 最初の角が伸びきった頃、今度は文字盤の中心近くから同じような角が生えてきた。市民はこれに勢いづけられ、角を火薬塔に代わるモニュメントとして扱おうと本格的な準備を始めた。だが、市議会や観光局としてはまったく喜べたものではなかった。これが時計台の天辺から生えてきてくれるならば特に支障はないわけだが、時計そのものをふさいでしまっては建物のシンボル性が薄れると感じたのだ。彼らは迅速に工作隊を組織し、目障りな角を他に移植ないし破壊してしまおうと画策した。
 結局のところ、角をどうにかすることはできなかった。同様に角を盗み出そうと尽力した盗賊もいたが、これまた角に傷一つつけることすらままならない結果に終わった。その間も角は次々に生えてきて文字盤を塞いで行ったが、誰もそれを見守る以外の事はできなかった。
 ある日の昼間、更なる変化が起きた。一番初めに生えてきた角が根元から折れて市庁舎広場へと落下したのである。辺りにいた人々は大慌てでその場から退避し、それから角に群がった。誰が言うともなく角は黄金ということになっていたため、皆自らの物にしようと必死だった。市庁舎広場は大いに混乱した。
 すったもんだの挙げ句、いかにも弱々しく人の良さそうな老夫婦が角を手に入れた。手に入れたというよりは皆が二人から角を奪い取ることに罪悪感を覚えたという方が適当かもしれない。夫妻は隣人達の優しさに感謝し、二人掛かりで角を持ち帰ると居間の最も目立つ場所に飾った。婦人はそれを火薬塔の復活と喜んで磨き、夫はいくらまで値を釣り上げられるか毎日のように計算した。
 それからというもの角は堰を切ったように落下し続けた。古い角が抜け落ちた後からは新たな角がまた生えてくる。その繰り返しはある種の新陳代謝のようだった。
 市としてはこの事態を喜んで良いのか難しいところだった。仮に角が金になるものであれば町全体が潤うのだが、生え続けてもらっても混乱を招く。この先どうなるか分からないために新たな都市計画を立てることも能わない。どうしたものか。
 とりあえず彼らは時計台の周辺に立ち入り禁止のロープを張って警備員をつけた。だがそんな努力を無視して角は市民の手に渡って行った。夜に落ちた角は朝が来るまでになくなっていたし、昼間落ちれば必ず警備員よりも反応の早い人間が持ち去って行く。果ては警備員が拾って観光客にプレゼントし出す始末。
 一方の市民と言えば、毎日のように角を奪い合いながらも徐々に冷静さを取り戻し始めた。否、飽きたと表現すべきであろう。要は角を手に入れたところでその後どうしたものかと考える余裕が出たわけである。そして殆どは煮ても焼いても食えたものじゃないという結論に辿り着いた。職人、土産物屋主人、自警団、主婦、子供。多くの人々が角を手に入れ持て余した。
 数週間が過ぎてとうとう市当局も角の処遇を諦めた頃、共鳴するかのように角の成長が止まった。新たな角は生えなくなり、生えかけの角もそれ以上伸びることをやめた。広場からはロープが撤去され、落下物に注意との立て札が残るのみになった。
 そして、残った角が落ちても我先に飛びつくといった状況は最早発生しなかった。町は角を放棄したのだ。
 全ての角が石畳に落ちたのを見計らって時計台は再び動き出した。特に誰も感動はしなかったが、大抵の人間が安心感を得た。市議会は特定の資源に固執し過ぎない新たな都市計画を打ち出し、市民もようやく先を見据えるようになった。角を手に入れた人々も大半がそれをどこかに捨てるなり忘れるなりし、火薬塔の名残りだと言って後生大事に飾っていた最初の老夫婦もいつしかその存在を振り返らなくなった。
 町は一つの歴史を終える。彼らが火薬塔を、飛降青年を、角を過去の引き出しへ追いやるまでに1年とかからない。

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